■ 戸隠神社例祭(九頭宮祭)
1874 年に戸隠神社と改称する前は「九頭の宮」と呼ばれていたのでこの祭礼を「九頭の宮祭り」と呼ぶ事もあります。郡上おどりの歌詞の中にも「人を見るなら九頭の宮」と歌われるほど盛大な祭礼です。この神社は宮地と上沢の二地区により維持されており各地区から出発し戸隠陣神社の大門前で合流します。
祭礼は宮地区、上沢地区ともに神輿の部・大神楽の部・伊勢神楽の部・曳山の部から構成され、雄の麒麟獅子が宮地区、雌獅子が上沢地区になっています。地を踏み邪気を鎮める白馬と黒馬のひご馬十二頭による「馬乗り」や曳山の引き役を担当する子供ら役50名の光景は参道や境内を埋め尽くし圧巻です。
■ 戸隠神社例祭:準備風景
祭りの歴史は古く文化10年(1813)に宮地、上沢両区の代表者、庄屋、年寄りが祭礼神楽行列定書を取り決めました、現在もその定書に従って奉納されています。
■ 戸隠神社例祭:カラクリ練習風景
からくり人形の練習風景です、宮地の山車は参道を登る時に「おかめ(あめのうずめのみこと)」が踊り、境内では「とんぼがえし(西洋人の鉄棒演技)」のからくりが披露されます。
上沢の山車は参道を登る時に「ちゃんとこ(猿田彦命 さるたひこのみこと)」が踊り、境内では「那須与一の扇の的」のからくりが披露されます。
■ 安郷野稲荷神社祭礼
当神社の歴史は古く、天保2年(1831)と文化12年(1815)の江戸時代の棟札が残っています。伊勢神楽の奉納は大正4年から始まりました、現在の社殿は唱和34年の伊勢湾台風で東海倒壊したため再建されたものです。
■ 横野大久古神社祭礼
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■ 下洞白山神社祭礼
下洞白山神社で奉納されている伊勢神楽はどこから来たかは不明ですが、相当古いものといわれています。また現在の大神楽は和良町宮地から大正3年に習い受けた物でその時の条件が今まで奉納して来た伊勢神楽を絶対に絶やさないことでした。
■ 方須白山神社祭礼
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■ 上土京熊野祭礼
上土京は明宝の畑佐から飛騨へ抜ける鎌倉街道に接し小川峠へと通じる交通の要所です。
■ 東野白山神社祭礼
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■ 法師丸白山神社祭礼
法師丸はその地名から寺院の荘園の可能性があり、地区内には堂前の地名や御手洗の地名があります。
■ 田平白山神社祭礼
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■ 鹿倉白山神社祭礼
鹿倉の白山神社の創立は養老年間といわれています。神社を守る狛犬一対は狼でたいへんにめずらしいものです。
■ 下土京熊野神社祭礼
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■ 下沢日吉神社祭礼
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■ 宮代白山神社祭礼
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■ 野尻八幡神社祭礼
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■ 郡上市の祭礼:和良町の祭礼
和良町について

和良町は多くの祭礼が伝統を守りながら毎年奉納されており郡上市内では唯一からくりが存在している地区でもあります。戸隠神社祭礼の曳山カラクリは1819 年(文政年間)頃からはじまりました、上沢区は「源平合戦・那須与一」が、宮地区は「とんぼ返し」が競うように披露されます、宮地区の曳山カラクリは地元出身の近藤勘十郎が高山祭に使われたカラクリ人形に山車をつけて寄進したと記録されています。また、宮代白山神社には「猩々」と「てんまりつき」のカラクリがあり祭礼に披露されます。
戸隠神社祭礼について

祭礼は宮地区、上沢地区ともに神輿の部・大神楽の部・伊勢神楽の部・曳山の部から構成され、雄の麒麟獅子が宮地区、雌獅子が上沢地区になっています。地を踏み邪気を鎮める白馬と黒馬のひご馬十二頭による「馬乗り」や曳山の引き役を担当する子供ら役50名の光景は参道や境内を埋め尽くし圧巻です。
境内では宮地と上沢の神楽殿が相対して建ち、舞台上では「しからば天下太平・氏子繁盛、ご祈祷の悪魔払い。なかなか、しかりと祓うてなぁ」という口上の悪魔払いやおかめの舞、伊勢神楽が同時に奉納され、上沢の曳山では「源平合戦・那須与一」のからくりが、宮地の曳山では「とんぼ返し」のカラクリが披露されます。
