郡上の祭礼:明宝 - 郡上の映像

祭礼寒水掛踊



明宝寒水(かのみず)地区で行われる祭礼で、昭和37年岐阜県重要無形文化財指定、昭和49年に国の選択民族芸能に指定されています。宝永6 年(1709)に隣村の母袋村から寒水に伝わったといい、明治の末までは毎年母袋から声自慢の人が峠を越えて踊りや歌の掛け合いをしていました。
白山神社での舞の前には必ず中桁でのお庭踊があります、折太鼓、鉦引の4人を中心に音頭取りが歌い地唄が返します、この時に歌と拍子にあわせて全員が手拍子をとりながら一歩前進、一歩後退を繰り返します。
中桁での舞が終了後、約130名の大行列が白山神社へと向かいます、この時「神様道」と称するせまい旧道を通り、先頭の悪魔払の赤鬼は槍と軍配を大きく振ります。
白山神社の境内では、シナイを背負った4人の若者が力強く舞い踊ります。このシナイは3.6メートルあり、削って八本にした竹に造花を結びつけ、樽をかたどった桶にさし背負います。終盤になるとシナイがはげしく地面をはらい大黒のどうけが飛び跳ねます。

小川白山神社祭礼



郡上市明宝にある小川地区は弓掛川の最上流に位置します。明宝の中心からは標高910mの峠を越える必要があり伝統文化も他地域からの影響が少なく古い形式が伝承されています。ここの大神楽は570年ほど前に木地師から伝わったと伝えられています。

西気良白山神社祭礼



対岸にある東気良と奉納日を交互にずらして行われています。道行きは赤鬼を先頭に幟、奴、先箱と続いていきます、年代は不明ですが明宝小川地区から伝えられたと言われ、先頭の奴が唱和しながら先箱をぶつけ合います。

東気良白山神社祭礼



対岸にある西気良と奉納日を交互にずらして行われています。八幡町の吉田から伝授されたといわれ子供達による伊勢神楽が奉納されます、また「忠臣蔵三段目」なども奉納されますが毎年この下題物は変わります。

大谷白山神社祭礼



大谷白山神社の祭礼は年代は不明ですが大和町の口神路から伝授され、明治期になると同町の二間手に伝えました。編み笠をかぶり襦袢を着た長刀が四名、顔にヒゲを書き1.8mの毛槍を手に持った鳥毛奴などが道行きに参加します。

畑佐白山神社祭礼



詳細は不明ですが100年以上前に八幡町の岸剣神社から伝授された大神楽です。以前は「おかめ踊り」が道行きの時にあり『おかめさんの 腰つきみやれ 猿が沼田で こねるよな』と唄われていました。

二間手白山神社祭礼



奥住白山神社祭礼



郡上の祭礼:明宝の祭礼

明宝について

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標高920mの小川峠があり吉田川の上流部と馬瀬川の支流の弓掛川を持つ明宝は山林の面積が明宝全体の約95%という自然豊かな地区で「郡上おどり」にも歌われる名馬「磨墨」を生んだ地域でもあります。数々の祭礼もいろいろな地域から伝わっています「寒水掛踊」は「大和町母袋」から伝授され、「畑佐の大神楽」は八幡町の「日吉神社」から伝授されました。また小川地区の奴の化粧は郡上でもこの地区だけの独特の化粧です。

寒水掛踊

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白山神社での舞の前には必ず中桁でのお庭踊があります、折太鼓、鉦引の4人を中心に音頭取りが歌い地唄が返します、この時に歌と拍子にあわせて全員が手拍子をとりながら一歩前進、一歩後退を繰り返します。

中桁での舞が終了後、約130名の大行列が白山神社へと向かいます、この時「神様道」と称するせまい旧道を通り、先頭の悪魔払の赤鬼は槍と軍配を大きく振ります。

白山神社の境内では、シナイを背負った4人の若者が力強く舞い踊ります。このシナイは3.6メートルあり、削って八本にした竹に造花を結びつけ、樽をかたどった桶にさし背負います。終盤になるとシナイがはげしく地面をはらい大黒のどうけが飛び跳ねます。